出会いの場での「意識高い系」
もう?
意識高い系
一時期、そんな言葉をネット上でよく見かけましたね。
ウィキペディアによると
意識高い系(いしきたかいけい)とは、自分を過剰に演出(いわゆる「大言壮語」)するが中身が伴っていない若手、前向き過ぎて空回りしている若者、インターネットにおいて自分の経歴・人脈を演出し自己アピールを絶やさない人などを意味する俗称である。
なんてことだそうで。
意識が高いこと自体には問題はありませんし、むしろ若者の意識が高いのは良いこと。
ただ、「中身が伴っていない」「空回り」ということが問題なのだと。
じゃぁ、「中身が伴っていない」とか「空回り」って、どういうことなのでしょうか?
僕が思うに、「そこに気持ちがあるかどうか」だと思うんです。
自分のことを良く見せようとしたり、前向き過ぎて結果ばかりにこだわってみたり、そういったことじゃなくて「そこに気持ちがあるかどうか」。
ダメだった時の行動
先日こんなことがありました。(本来、特定の個人のことを語るのは好ましくないのですが、弊社内の事案としてお話しさせてください)
このブログでもお伝えしていた通り、最近弊社ではアルバイトの募集をしておりました。
ブログのみでの募集だったのですが、おかげさまでたくさんのご応募をいただきました。
そんな応募者の中でも数名、「意識高い系」な感じの方が。
面接の時も熱い一面を見せ、面接が終わった後もお礼と、仕事にかける熱い思いが込められたメールを送っていただいた方が2名ほどいらしたのです。
今回は残念ながら、その2名は採用を見送ることになったのですが、その結果をメールでお伝えしたところ。
ひとりは、改めて面接のお礼と、また機会があったらぜひ働かせていただきたいという、懇切丁寧な返信メールをいただきました。
ところがもう1名は・・・返信すらなし・・・。
採用までは、あれだけ熱く語ってこられたのに、不採用となった瞬間にダンマリ・・・。
意識高い系って、こういうことなのかもしれません。
自分を過剰に演出はするけれど、そこには「自己実現」という想いしかないので、人に対しての礼もなければ気持ちも無い。
なので、自分の想いが叶わなかった瞬間に、突然人が変わったかのように、冷徹な態度になってしまう。
かたや、
意識もあるけれど気持ちもある人というのは、自分の想いを叶えるためにも精一杯だけれど、それが叶わなかったとしても、そこに携わったものには温かい想いを持ち続けることができる。
もちろんですが、次に採用の件があったら、前者の方に声をかけることは100%ありませんが、後者の方にはいの一番に声をかけさせていただくと思います。
出会いの場での「意識高い系」
出会いの場でも、こういった「意識高い系」と「気持ちある系」の方がいらっしゃいます。
出会うまでは自己アピールも強く全力なのに、それが叶わないと分かった瞬間に、相手に対しての感謝もなく、場合によっては相手を攻撃する体制に入ってしまうような。
反面、
出会うまでは自己アピールが強いのは一緒ですが、それが叶わなかったとしても、自分の中で反省し、相手だけではなくその出会いに携わったすべての人にも感謝の気持ちをもっている人。
弊社では、僕が会員様の人柄や空気感を見させていただきながら、合いそうな方をどんどんご紹介するようなシステムになっています。
ご紹介は、僕を介して行われるわけです。
そうなった時、前者の方と後者の方、今後積極的にご紹介をしたくなるのは、どう考えたって後者の方に決まっています。
誰かが言っていました。
あらかじめ、点と点を結び付けておくことはできない。
後から振り返った時に、その結びつきが分かる。
って。
ひとつひとつの出会いを大切に、感謝の気持ちをもって接することができる人には、いつか良い出会いがあり、今までの自分の行いを振り返って成長や変化を感じることができるでしょう。
そういった経験がまた次のチャレンジに活かされ、どんどん素敵な人柄になっていきます。
ところが、
自分の理想ばっかり掲げて、それが思い通りにならなければまるでなかったことかのようにポイ捨てしてしまうような人は、いつまでたっても同じところをウロウロして、いつも同じ失敗を繰り返すようになるのでしょう。
いつまでたっても成長も無ければ変化も無く、そのすさんだ気持ちが表情になって表れてきます。
目の前にある出来事を一生懸命に。
ひとつひとつの出会いに喜びをもって。
自分を支えてくれる人に感謝を忘れずに。
そんな、ひとつひとつの点の繋がりが、あなたの人生を紡いでいくのだと思います。
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